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124年前の約束を守って

赤毛のアンの島にかけられた橋


コンフェデレーション・ブリッジ

Prince Edward Island プリンスエドワード島(PEI)

  • カナダ大西洋岸4州の一つ。
  • 面積(5,660 km2)、人口(約13万人)、ともにカナダ全10州中最小。
  • 州都シャーロットタウン。
  • 三日月型の島で長さ 224km、最小幅6km、最大幅64km。
  • セントローレンス湾の中に位置し、ノーザンバーランド海峡をはさんで、ノバスコシア州、ニューブランズウィック州に面している。
  • 北緯45゚〜47゚、西経61゚〜64゚。最高地点海抜152m。 主産業は、農業・漁業・観光業。
  • 全面積の46%が農業に利用されており、別名“100万エーカーの農場”と呼ばれる。
  • 「市」はシャーロットタウンとサマーサイドの2つ。
  • ルーシー・モード・モンゴメリーの「Ann of Green Gables(赤毛のアン/1908年)」の舞台として知られ、夏は日本からの観光客などで賑わう。
  • 人口の約38%が25歳以下。49%が25〜64歳。
  • 労働人口6万5千人(1993年度統計より)



橋が開通するまでの経過

1873年
PEIがカナダ連邦自治体(コンフェデレーション)の一つになる。
連邦政府は、“本土とPEIの恒久的な往来”を約束する。
汽船が運行される。(冬期間以外)
1917年
砕氷フェリーの運航開始。
1965年
1億4千8百万カナダドルの予算で橋の建設が政府に承認されるが、後に費用の高騰を理由に撤回される。
1980年〜
マルルーニ連邦首相のもと架橋計画が再浮上。
1987年
漁師、環境活動家、学者などからなる反対派と、ビジネスマン、観光業者、労働者らの賛成派のキャンペーンが加熱する。
1988年
橋の賛否を問う州民投票が行われ、60%が賛成票を投じる。
漁師などのグループが“橋”を告訴。
1993年3月
年間2億カナダドルのロブスター漁への影響についての調査が充分でないとして、連邦最高裁判所は計画の見直しを命ずる判決をだす。
再度の環境調査の後、計画の推進を最終決定。
1993年10月7日
カナダ政府と財団法人「海峡横断開発会社」が財務・資金、建設工事、運営・管理、の各事項で合意。
工事が開始される。
1996年11月19日
最後の支柱が設置される。
1997年5月31日
工事終了。
1997年6月1日
一般車両に開放される。
「コンフェデレーション・ブリッジ」全面開通。



コンフェデレーション・ブリッジ

  • PEIのボーデンとニューブランズウィックのジャーメインアイランドを結ぶ。
  • 全長12.9km、最大支柱間60m(平均40m)、大型クルーザーの航行可。
  • 24時間、交通量、車両速度がモニターされており12分で渡り切るようになっている。
  • 毎時2千台の車両の通行が可能。
  • 片側11mに2車線+緊急用車線、750mおきに緊急通報用電話と消化器を設置。
  • 氷、雪は常時除去される。
  • 強風時のトラックの通行は制限される。
  • 歩行者、自転車の通行はできないが、シャトルバスが運行している。
  • 総工費8億4千万カナダドル。
  • 35年間(1997〜2032年)は、連邦政府が毎年4、190万カナダドルを、橋を所有する「海峡横断橋会社」に払う。
  • それ以降は連邦政府が買い取る。
  • 通行料金は往復で35カナダドル。料金所はPEI側。
  • 単調すぎると運転者の眠気を誘う、との配慮から橋板はS字型にカーブしている。
  • 平均傾斜度2%。主橋脚44、最大のものは7,500t。
  • ガードレールの高さは1.1mで、普通自動車の中からも景色が見える。
  • 冬期間凍結する海にかけられた橋としては世界最長。



賛成派と反対派

〜反対派〜
「世界有数のロブスター漁場を何の権利をもって荒らすのか!金の卵を産む鳥を殺すつもりか?氷が流れずに橋脚に付着するようになって、ロブスターの産卵期が短くなってしまうかもしれない。」
「アメリカなどから人がやって来て島の土地を買い占めるだろう。静かで豊かだった“独立した生活”が台無しになる。」
「橋が開通するということは600人の島民が、直ちに職場を失うことだ。(フェリー関係者)」
〜賛成派〜
「島でとれた農作物やロブスターをずっと早く市場へ出荷できるようになる。」
「フェリーは天候に左右される。橋ができればどたんばでのキャンセルがなくなって、観光客の数が増える。」

橋の開通を見越して、多くのB&B(民宿)や土産物店が建てられている。
アンが大好きな日本からの観光客目当てだ。

橋が開通しないようなことになっていれば、島は破産した人で溢れるところだった。

“赤毛のアンの島”は5月まではゴーストタウンだ。
ファーストフード店のもテーマパークも閉まっていて、モーテルの窓には白い布がかけられている。

1996年に74万人であった観光客は、橋の完成後には100万人以上になると予想されている。